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大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

新しい手帳を買った

7月23日生まれである。文月の文の日と考えれば覚えやすい誕生日だろう。今年の7月がやって来れば、私は26歳になる。20代も後半戦、いろいろと悩ましい年齢である。

ふと自分のことを考えてみて、望んだ世界に近づいてはいる。文章を書くことで報酬を得ているし、写真を撮ったりデザインをかじったり、新たな施設のオープニングパーティに「関係者」として招かれたりする。きっとそれは、かつて私が夢見た世界のはずで、けれどもなんだか違う気がするのは、「富士山は遠目に見てこそ美しい」ということなのかもしれない。

大人になると、1年間がすぐに過ぎる。ついこの間、元旦を迎え、八坂神社の人混みに回れ右をしたばかりだ。論文を出し、公聴会を迎え、審査の結果が出て。仕事がいろいろ入ってきて。昼夜を問わず大量の原稿と格闘していたら、いつのまにか3月も中盤になっていた。春の陽気が窓から差し込み、ウールのコートが重たく感じる。そうして私の心と体は、少しずつ歳をとっている。

私は果たして、この25年で、何か成し遂げられただろうか。
やりたかったことは、ひとつも身についていないように感じる。デザインの勉強も、コーディングの勉強も、マーケティングの勉強も、すべて「暇ができたら」やるつもりでここまできた。ではその暇は、いつになればできるのか。

答えは2016年に出た。そんな日は永久に来ない。「来月になれば暇ができるから」と、数え切れないほどの誘いを断った。暇はできるものではない。作るものなのだ。それを自覚しておきながら、今年も2ヶ月半が過ぎた。全体の1/6。この割合が1に近づくにつれ、毎年、私は焦っている。そろそろ動かねばならないという感じがする。欲しいものを全て手に入れるため、何かを、どうにかしなければという思いだけがある。

それで今日は繁華街まで出向いて、新しい手帳を買った。前の手帳とまったく同じ形のものを、わざわざ買った。もう一度、2017年をやり直そう。目の前の課題に流され、その日だけをなんとなく過ごす1年は、去年もやったことじゃないか。今年はやりたいことをやる。行事のベストショットを撮り、色彩の勉強にとりかかり、新しいファッションにも挑戦してみよう。そうして自分が伸びていく方向を、自分でしっかり決めるのだ。

焦りは推進力になる。過ぎた自己批判は精神を蝕むが、焦りを失えば、クリエイティビティは死ぬ。手負いの獣のようなするどさを、できるだけ失わないでいたい。青い考えと笑われても、そんな考えを抱ける期間を、むしろ楽しもうと思う。