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大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

介護施設への見舞い

雑記

祖母を見舞いに、介護施設へ行った。以前「認知症になった祖母」で書いた通り、祖母は重度の認知症であり、自立した生活がもはや困難である。ところが特別養護老人ホームには空きがない。そのため、1日ごとの契約をするショートステイにお世話になっている。

ショートステイの利用料は、聞くところによると、所得に応じて変わるらしい。年金や資産額に応じて、1日あたりいくらと決まっているようだ。施設には一人部屋と二人部屋があり、当然、一人部屋のほうが高い。我が家は所得が低いので、二人部屋のお世話になっているということだ。

実家へ帰り、祖父と連れ立って施設をめざす。先にコンビニへ寄る。「いつもコーヒー牛乳を買うて行ったるんや」と話す祖父は、ジョージアのカフェオレをひと缶選んだ。私用には、コメダ珈琲のカフェオレである。家からはミカンやクッキーや、いろいろなおやつを持ってきた。軽トラックに乗って、再び出た。

施設はこの辺りで唯一の、駅の近くに建っている。敷地内には幼稚園もあり、交流デーが設けられている。歳をとると、社会で役に立つ経験が減る。誰からも必要とされない状況は、社会的な居場所を認められていない状況だ。だからときには、子どもの世話をして自尊心を満たすのだろう。(お年寄りが動物の世話をしたり、植物の世話をしたりするのも、「自分がいなければ死んでしまう」存在を欲しがるからだということだ。)

施設へ入ると、最初に気づくのは排泄物の匂いである。ここへ入るお年寄りは、自立した排泄が難しい人も少なくない。だからオムツをするのだが、やはりその匂いは漏れ出てしまう。そんな匂いが、施設全体から漂ってきて、正直なところあまり食欲は刺激されない。

一階には認知症や、脳卒中で麻痺を負った人などがいる。入るなり、知らないおばあさんに声をかけられる。何を言っているのかは聞き取れない。おそらくは認知症がずいぶん進んで、失外套症候群*1の直前まで来ているお年寄りの姿もめだつ。金正男が暗殺されたというニュースを、みな静かに見つめている。

祖母はそこにいなかった。どこにいるのかと探し回ると、なんだか施設の端っこのほうで、ぼんやり外を見つめていた。私はそれが祖母だとわからなかった。染めもパーマもしていない髪は、すっかり薄くて、ずいぶん歳をとったように思えた。まるい背中も、もはやメガネをしない目も、私にとってはこの上なくつらい。

私がそちらへ進み出ると、祖母は体をかたくして、「誰?」と聞いた。
認知症が進んでしまうと、人の姿がわからなくなる。祖母にとって、今の私はストレンジャーなのだ。それなのに馴れ馴れしく近づいてくるから、恐怖と不安を感じたのだろう。「おばあちゃん、会いにきたで。xxやで」遠くからそう言うと、とりあえずは友好的な人間だとわかったらしい。「ああ、そうなん」と破顔した。

祖母の手を引き、談話スペースへ移動する。祖母の居室は一階なのに、なぜか祖父は二階へ行く。二回は一人部屋がある。こちらはかなり空いていて、どうやら認知症にはなっていないらしいお年寄りが、コーヒーを飲みながら話をしている。挨拶をしてテーブルにつく。持ってきたお菓子を、いろいろと並べる。

買ってきたジュースを、祖父はマグカップに注いだ。いろいろな話をする。祖母はもう、正確な応答がむずかしい。
「ほんでなあ、明日は健康体操に行かなあかんのや。3時間から*2やで。しんどいわ」
「うふふ、なんやのこの人、なんや、なにやなあ」

祖母はもう、単語の意味がわからないのである。思い出せないのである。すべての事項を「あれ」とか「なに」とか言うのである。
それなのに、祖父は話しかけるのをやめない。整形外科での体操がめんどうなこと。木彫りの趣味について。私について。祖母はなんらかの反応をしながら、笑っている。

祖母が認知症になる前は、それはそれは気の強い人だった。祖父は酒癖が悪く、酒を入れるとくだを巻きだす。村の寄り合いに顔を出しても、およそ一人で歩けないほど飲む。
そんな祖父を引きずって、近所の人が家まで送って来るたびに、祖母は烈火のごとく怒った。「あた*3みっともない!」しかしもはや喧嘩もしない。祖母も祖父も笑っている。

祖母と祖父は、恋愛結婚だったらしい。同じ社内で祖母に惚れ込んだ祖父が、帰り道に待ち伏せをしてまでアタックしたのだそうだ。今なら立派なストーカーかもしれないが、ともかく祖母は「しゃあなしに」結婚した。祖父は毎日、この施設に通っている。毎日ひとりで、おやつの準備をする。

祖母の認知症は満腹中枢にも及んでいる。だからやたらと食べ物をほしがる。「あんたのそれ、なにやのん、ちょっと食べたいねんで」そう言って私のカフェオレに手を伸ばす。

「ええよ。ほんなら一口飲んでみて」そう言って差し出すが、祖母にはストローが分からない。
「この棒、どないすんのん、こないしたらええのんか」
「ちゃうで。それを口へ入れて、チューと吸うんや」
「こうやのん?うわ!なんやの!すごい、出てきたで、すごいいっぱいやで」
「ちょっと吸いすぎや。ゆっくり吸いいな」

持ってきたおやつはなくなって、私はゴミを片付けた。テーブルには一輪挿しが置いてある。祖母は短くなった腕で、しきりにそれに手を伸ばした。「それ、なんやのん、ほしねん、食べたいねん」「これはお花や。食べられへんで」「おはな?かなんかしらんけど、ほしねんで、食べたいねん」

祖父はほかの入居者との会話を始めた。その場にいた入居者は、パートナーと死別して一人になり、自分も病気で倒れたことで、施設へ入居「させられた」のだそうだ。

「うちの外孫は、埼玉で働いてますねや。警察官やねんで。立派なろ?」
「うちの子どもは、大阪のマンションへ住んでんねん。せやしそろそろ迎えに来てくれる、思うねんで」

私にはきっと、その孫も子どもも、確実に迎えに来ないことがわかってしまう。新幹線がびゅんびゅん走る大阪で、マンションを借りて暮らす子ども。そんな人が、電車もろくに来ないような田舎へ、帰って来るはずがないと思う。

きっとこの施設が「終の住処」になるだろうのに、その女性は、しきりに家へ帰りたいと言う。息子は帰って来ると言う。「こんなとこへおったら、日付もなんにも、忘れてしまうで!」嘆きながら笑うお年寄りに、からわらのお年寄りは静かに微笑む。

「さて、ほなぼちぼち去のか」祖父がそう言って、祖母を立たせて一階へ戻った。「この靴なあ、昨日も言うたんやけど、うちのと違うんや。ちょっと言うてから帰るわ」

声をかけられた若い職員は、いかにも忙しそうだった。「あのねえ、すんまへんけど、この靴なあ、うちのと違うねん。この靴は誰のなんやろか?」「ああ、部屋にあるのかもしれませんね、ちょっと取ってきます」職員はそう言って走り去る。そしてすぐに、グレーの上履きを持って祖母をつかまえ、椅子に座らせて靴を脱がせる。「痛いところないですか?」「ない」「また痛かったら言うてくださいね」

職員はそれぞれ、誰かしらと戦っていた。かたくなに道をあけず、車椅子で通路をふさぐお年寄りの説得。もはや反応を返さない人に、声をかけ続ける試み。食事の用意。仕出し屋とのやりとり。誰も彼もが忙しそうで、「これが介護の現場なのだ」と思わずにはいられない。

祖母を椅子に座らせたままで、祖父は「帰るわ」と声をかける。わかっているのかいないのか、祖母は優しく微笑んでいる。そして玄関を出たときに、祖母の背中がちらっと見えた。空間に向かってぼんやりしている。まるい背中が目に焼き付いた。ひとりぼっちのおばあちゃん。私を育てたおばあちゃん。その人を、こんなところへ置き去りにして、私は遠くへ住んでいる。

その事実が急に胸をとらえて、離れなくなった。たとえ5分でも10分でもいいから、昔のおばあちゃんに戻ってくれたら……。そうしたらたくさん話がしたい。修士論文を書き終えたこと。博士課程に進むこと。虫歯ができて困ったこと。私もまた、ひとりぼっちで寂しいこと。
きっとおばあちゃんは喜んでくれるだろう。遠い昔、通知表がよかったときに、「あんたはほんに、親もおらんのに、立派な子やね」と泣いてくれたおばあちゃんだから。私は生みの母に続けて、育ての母まで失ってしまう。私をはぐくむ母性がまた、遠くへ遠くへ行ってしまう。

「なんで二階で食べるのん」帰りの車で、私は祖父にそう聞いた。
「一階の人らはなあ、もう、あれなんや。おやつを食べとってもな、これはうちのやとか言うて、横から取らはったりすんねん」

そうなんや、と返したけれど、私の脳裏には必死に花瓶に手を伸ばす祖母の姿がちらついた。
実家の村では、年老いた人々がどんどん浄土へ旅立っている。減る一方の村のゆくえを思いながら、京都へもどる電車の駅で、軽トラを降りる。

*1:大脳の機能が失われて、自発的に動くことが難しくなる状態

*2:3時間はくだらない長さ

*3:なんとも