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大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

いちごの思い出

雑記

いちごの季節である。もう終わりかけなのかもしれないが、とりあえずいちごの季節だ。

いちごと聞いて思い出すのは、実家のバス停のことだ。私の実家はけっこうな田舎で、畑や田んぼの中心に、ちょろっとずつ家が建っている。私が通学に使っていたバス停の裏も、やはり畑だった。毎日バス停にいる私が目に留まるのだろう、しばらくすると、その畑のおじいさんと挨拶をするようになっていった。

おじいさんもはじめは、見慣れない私に声をかけることはなかった。こちらから挨拶をすることはあっても、「おはようございます」「おはよう」の一往復で終わり。私の高校に制服がなかったこともあり、ちょっと不審な子どもだったかもしれない。私服でこんな時間に、何をしているのだろうと。

ところがある日、何かのきっかけがあって、自己紹介をした。元々がムラ社会である。「私」個人は認識されないが、「どこそこの家の、だれだれの孫です」と言えば、すぐに私を認めてくれる。まるで座標で表すように、「家」と「家長」が「私」の存在位置を示すのだ。

それからというもの、バスを待っている間には、おじいさんと簡単な会話をするようになった。
ある日も私がバスを待っていると、おじいさんが手にいっぱいの赤い実を載せて、「ほれ」。いちごの季節だった。お店に並んだ、冷えたいちごとは違い、ぬるくて土の匂いがする。「へたはそのへんにほっといて」バスを待ちながら、とても贅沢な5分間を過ごしたことを覚えている。

思えばいちごは特別なフルーツだった。お隣さんもいちご畑を持っていて、ひと畝いくらで近所に貸していた。ローカルな「いちご狩りサービス」というわけである。

祖母が借りてくれたいちご畑へ、小さな頃にはボウルを持って遊びに行った。優しい祖母といちごを摘み、ときにはつまみ食いをしながら、甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
今では高くて食べられず、縁遠いものになってしまったのが、悲しくてならない。