読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

修士課程・留年のまとめ

留年エントリ

ブログのアクセス解析などを見ていたところ、面白いことがわかった。
どうやら私のブログには、「修士課程 留年」というワードで検索して訪れてくださった人が多いようなのだ。その「留年エントリ」は以下の記事である。

zarameyuki.hatenablog.com

「修士課程 留年」というワードで検索する人は、おそらく「留年したらどうなるんだろう?」ということが知りたかったのだろう。しかしこの記事では、「なぜ留年したのか?」を説明するだけに留まってしまって、「留年したあと」のことについては具体的に書いていなかった。

今日はそんな反省をふまえ、「実際に留年して、論文を出すまでのこと」についてまとめてみたい。

経済面について

奨学金が止まる

まずは経済面について。やむを得ず留年する、もしくは留年を検討している人が、いちばん気になるのはここだろう。

日本学生支援機構(JASSO)のQ&Aをみると、「留年してしまった場合、奨学金が停止される」旨が書かれている。

○留年中ですが、申込みできますか。
学業不振による留年中は、学力基準の要件に該当しませんので、申請しても採用されません。進級後に申請してください。

「学力基準の要件には該当しない」と言われれば、それは、そうなんだけど……。

いろいろな事情でやむを得ない場合、奨学金の停止をきっかけに、大学を辞めざるを得ない人も出てきてしまうんじゃないだろうか。

まあそもそも、JASSOの奨学金は入学前には貸与してくれず(したがって新生活スタートのお金が作れず)、最初の振込みが7月という鬼畜っぷりで有名なのだが。

そういうわけで留年をすると、実家に頼る or 自力で稼ぐ or ほかの奨学金を受ける必要が出てくる。そして私の場合、実家には頼れないので、必要なお金は自力で稼ぐことになる。
といっても、自力で稼ぐほどバイトなりなんなりをしていると、また満足な論文が書けなくなる。これでは永遠に卒業することができない。一体、どうすればいいのか?

結論として、私は「国の教育ローン」を借りた。実はその前の2年間も、JASSOではなくこの教育ローンに頼って進学したのだった。理由は上記の通り、「JASSOは入学前に借りられないから」。新学期になると、(私の場合)引越し資金など、けっこうな大金が必要になる。はじめの振込みが7月では、全く、何も、間に合わないのだ。

ちなみに「国の教育ローン」は本人名義ではなく、親の名義などで借りることになる。いくら実質は本人が返すと言っても、どうしても融通が利かないらしい。

その代わりに、JASSOと違って手続きが早い。必要な書類などを送れば、だいたい2週間くらいでお金が振り込まれる。毎月ごとに振込みがあるわけではなく、最初にポンとまとまった資金が振り込まれるので、けっこうビビる。

いろいろと助かる教育ローンだが、いくら成績が優秀でも返還免除などはない。保証人も立てなければならず、それが立たない場合には、数十万円を払って保証機関にお願いすることになる(した)。自分のとれる方策をよくよく考えて、なるべく経済面の不安なく、1年を送れるようにしておきたい。

学費免除が通らない

私の実家は低収入なので、はじめ2年間は、入学金 → 半額免除、授業料 → 全額免除となっていた。トータルで130万円くらいを免除してもらえるのだから、本当に助かった。

ところが留年してしまうと、この授業料免除も通りにくくなってくる。まあ、考えてみれば当然なのかもしれない。まじめに頑張って2年で出る人と、1年余計にかかる人。限られた予算を、誰に割くかという問題だ。

私の場合、前半を「休学」とし、後半だけ在籍する形をとることで、まずは年間の授業料を半分にした。その上で、ダメもとで後期の授業料免除審査にも申し込んでみた。

最近、日本女子大の休学費用が高いことがネット上の関心を集めていたが、私の大学では休学にかかる費用は発生しない。図書館なども使えるし、出入りできない場所はない。指導教官との話し合いさえできていれば、きちんと指導を受けながら、払うのは半期分の学費で済む。

しかし後期の授業料については、全額免除は通らなかった。結果は半額免除。留年した身でも免除は受けられたが、やはり全額とはいかなかったようだ。結論として、支払った学費は14万円。1年分の学費としては、かなり少なく済ませてもらった。よかった……。

研究面について

理想を高く持ちすぎない

私にとっては、これが何より重要なことだった。

ひとよりも1年多く修士課程をやっているのだから、ちゃんとした研究をしなければならない。その自覚は大切なことだけれど、あまり理想を高くしすぎると、いつまで経っても論文が出せない。

なまじっか、一度は留年している身。だんだん追い込まれてくると、「あと1年、先延ばしにしようかな……」という悪魔のささやきが聞こえてくることもある。ここでそのささやきに従うと、待っているのは「退学」だ。留年は、下手をすると「逃げグセ」につながってしまうのだ。

これを回避するためには、「60点をめざす」くらいでちょうどよい。「優じゃなくて可でもいいや。とりあえず修士号を取りに行こう」くらいのテンションがいい。大丈夫、履歴書には「修士号取得(ただし60点でギリギリ通過)」なんて書かない。60点でも100点でも、修士号は修士号なのだ。

意気込みすぎてつぶれたり、逃げグセがついて退学したりするよりは、たとえ60点でも修士号が取れるほうがいいに決まっている。これは留年のみならず、すべての行動に言えることなのかもしれない。

積極的に助けを求める

留年した以上、去年と同じ轍を踏むわけにはいかない。とりあえず積極的に、周囲にヘルプを求めていったほうがいいだろう。

とはいっても、同期との差はけっこうつらい。同期は博士課程に進学し、学部生や修士課程の学生にアドバイスをしている。一方で自分は3年目をやり、サポートを受ける側にまわる。

情けないし、悔しいし、経済面での困窮も相まって「大学やめようかな」ってなったこともある。
学会では気を使ってか、他大学の先生が「今年こそはいい論文書けよお〜!」って声をかけてくださるのだが、「へえ、頑張ります(ヘラヘラ)」って言いながら割と死にたかった。そんなことを言わせている自分が、とにかく情けなくて。

それでもなんとか恥を忍んで、積極的にヘルプを求めよう。ヘルプの内容はなんでもいい。研究内容だけでなく、「去年の今ごろ、何してた?」なんて聞いてみるのも大事だ。

というのも10月ごろになると、「迫る締め切り + (自分の認識で)思わしくない進捗」という状況がしんどくなって、発狂しそうになる。「1年も多くやっているのに、自分ってカスだなあ……」みたいな気持ちも湧いてくる。

そんなとき同期たちに、「去年の今ごろ、何してた?」って聞いてみるのだ。
そうすると、「プレッシャーに押しつぶされて、酒飲んで1週間くらい寝てた」とか、「文字を読めなくなって、ひたすら絵本を読んでた」とか、いろんなエピソードを話してくれる。これが心の支えになって、「私は一人で戦ってるわけじゃない」という気持ちになる。この「一人じゃない」感を持ち続けることが、執筆の上ではかなり重要だったように思う。

メンタルについて

リフレッシュはきちんとする

留年生は得てして自罰的になり、「自分には何事も楽しむ権利はない」と思いがちだ。

休日もきちんと休めず、何をしていても楽しくない。友達と遊んでも罪悪感が頭をもたげ、家で寝ていると死にたくなる。かといって作業をしようとしても、疲れた頭はなんにも考えることができず、ただ無為に時間が過ぎていく……。こんな生活に陥ったのは、きっと私だけではないはずだ。

しかし一度、冷静に考えてみてほしい。こんな生活で、パフォーマンスは向上するだろうか?

これは私の個人的な考えだが、だいたいにおいて、夜ふかしをしていてもロクなことを考えない。夜中に過呼吸を起こしながら考えたことなんて、朝に見れば噴飯物だ。それならば、潔く寝てさっさと起きて、朝の間に作業をするほうがよい。

それから、休日のリフレッシュだって絶対に大切なことだ。留年生は基本的に、不規則な生活になりがちなので、平日は多少無理をしても作業を行い、休日はドカーンと休んだほうがいい。「この日は休み」と決めた日に、ふとんの真ん中で大の字になって眠るのはとても幸福だ。

無理のないスケジューリングをして、基本はそれを厳守していく。それが理想的なのだ。(まあ、完璧にはできないけれど。)

留年生どうしで集まる

それから、「同じ立場の知り合いをつくる」というのは結構大切なことだ。これは「留年」というトピックに限らない。就活生なら就活生、ポスドクならポスドク、ペットロスならペットロスを経験した者どうしで語り合うと、とても気持ちが楽になることが多い。

私の場合は、大学のカウンセリングルームが主催していた「情報交換会」に出席することで、かなり気持ちが楽になった。

たとえば「留年」がテーマの会なら、参加しているのはみんな、留年生や留年が不安な人たち。無理してハキハキ喋る必要もなく、「しんどい」とボソボソ言える点がかなり気楽に思えた。私の場合、「世話役として、自分の同期が参加していた」なんて恐怖体験もしたんですけどね!!

まあ、今となっては笑い話だ。

まとめ

というわけで今回は、経済面・研究面・メンタル面にわけて「修士課程での留年」についてまとめてみた。もちろんこれは「私の場合」であって、人によっておかれた状況は違う。しかしひとつの例として、そして自分自身の振り返りとして、試しに書いてみた。

最後にはなったが、実は昨日、発表があり、無事に修士論文の審査に合格した。そして、博士後期課程への進学も許可された。今年からは、自分が誰かの役に立てればいいなと思う。