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大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

京都の「日常」

写真 観光(京都) 雑記

ここ3年で、「学生の馴染みの店」が次々と閉まった。どれも何十年と営業していらっしゃったお店で、学生の腹をリーズナブルな価格で満たしてくれた。こういった店は、たとえば経営の赤字で、たとえば店舗の移転で、たとえば店主のご病気で、その歴史に幕を下ろした。

飲食店以外には、西田幾多郎が通った床屋も閉まった。
取り壊された百万遍のパチンコ屋は、確かデビュー時に森見登美彦氏が担当編集と待ち合わせをした場所だったはずだ。その話をファンブックか何かで読んで、「はあ、森見登美彦氏は本当にここに住んでいたのだな」と感慨深かった覚えがある。
しかしその光景はもう失われた。おそらくもう、二度と戻ってくることはない。

都市は生きているのだから、建物が入れ替わるのは仕方のないことだ。まるで体の細胞のように、一部は終わり、一部は生まれる。そのサイクルがあるからこそ。都市は生きていられる。入れ替わりを失った街は、ゆっくりと死を待つ都市だ。店の閉まった場所にラーメン屋ができ、カフェができ、オフィスビルが建ってゆく。それはまだ、都市が生きている証拠だ。

けれども、と思う。いずれ何かが起こって、この光景がいっぺんに失われたらどうだろう?

ニュースはとめどなく不安な社会情勢を伝えてくる。どこかの誰かがおかしくなって、何か恐ろしいことをしたら、いっぺんにこの街など消し飛んでしまうだろうという不安がある。薄皮一枚で保っている平和。その皮がこらえきれなくなったとき、自分が愛おしいと思っていた光景は、いとも簡単に失われてしまうだろう。だから残しておくことにした。せめて写真に。私を包み、つつがなく続いている「いま」を、できる限り残しておこうと思った。

路地にみる「すっぴん」の京都

京都の道は「碁盤の目」になっている。だから大体の方角さえ覚えておけば、どんなに迷ってもメインストリートに出ることができる。方向音痴の私でも、安心して冒険することができる。

中でも私がよくやるのは、「一本、違う道に入る」こと。京都という街は観光都市なので、太めの通りにはみやげ物屋があったり、カフェがあったりする。つまりは「外向き」の顔をしている。

しかし一本、その通りを中へ入ってみると、ぐっと生活感の溢れる空間が広がっている。庭先に干した梅干しや、町内の伝言板。そういった光景はどこか懐かしく、ほっとした気持ちになる。

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見上げる空

景観条例があるので、京都には背の高い建物が少ない。おかげで空の広さに関しては、私の地元にも引けを取らないレベルで満足している。

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夏の入道雲も秋のうろこ雲も、好きなだけ見られるのは京都のいいところだ。これが理由で、大阪や東京へは引っ越したくないと思っているくらいだ。

五花街のひとつ、宮川町

四条河原町から近く、宮川町というところは、昔ながらの花街だ。

石畳の道の両側には、表札しかない「一見さんお断り」の店がずらりと並んでいる。夜の22時ごろにここを通ると、だらりの帯を左右に揺らしながら、ゆっくりと舞妓さんたちが歩く姿を見ることができる。もちろんその「姉さん」たち、芸妓さんたちの姿もだ。

その姿はとても美しいけれど、なんだかじろじろ見てはいけない気がして、いつも足早に通り過ぎてしまう。
つやつやと光る石畳、やさしいぼんぼりの灯り。
そこをゆったりと歩く、盛装の芸舞妓さん。
自分がむしろ、歩く時代を間違えているようで、とたんに自分の粗末な格好が恥ずかしくなる。夜の花街は、妖しい魅力に包まれたファンタジー空間なのだ。

しかしそんな花街が、ぐっと身近に感じる出来事があった。
あれはいつかの昼間、同じ道を歩いていたときのこと。花街の舞妓さんたちは、昼間は技芸の学校へ通っていらっしゃる。その学校の行き帰りだろう、化粧をせず、普段着で歩いていらっしゃる舞妓さんたちを見かけた。どうやら近所の人らしき人物と、楽しげに会話をしている。

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その顔はあどけなかった。中学を卒業してすぐ、この道へ入った舞妓さんの年相応の姿を見た気がした。舞妓さんは月に二度、休日をもらえるという。そしてその日には、少女らしく流行りのカフェへ向かったりもするそうだ。
夜の盛装からは、予想もつかないような身近さ。ああ、この街もまた、人の生み出したものなのだなあと実感したような体験だった。 

川とともに在る

鴨川はとかく好きな場所。この記事でも書いたように、人の暮らしを間近に感じられるからだ。川沿いには歩道が整備されているが、誰が作ったか、芝生の中にも自然発生的な道がみられておもしろい。*1秋の夕方の、金いろの光に包まれながらここを歩くと、とても贅沢な気持ちになる。いつだってほっとする場所だ。

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修士課程の3年間では、実に何度もこの川まで来た。
よくわからない焦燥感に苛まれて、夜中にひとりでむせび泣いたことが何度あっただろうか。対岸の繁華街で楽しく飲み交わしている人々の声が耳へ届いて、余計にむなしくなったものだ。

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ほかには同期とコーヒーを買って、川べりへ腰掛けながら、やけに熱い話をしたこともある。ネットで出会った人たちと、即席の宴会をしたこともある。あてもなくぶらぶら歩いて、気づけば5キロも進んでいたこともある。すべて思い出は、この川とともにあった。

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傷ついた人間には、人との距離がむずかしいときがある。ひとりでいたい、けれどもひとりでいたくない、そういう時期がある。そんなとき、この川は私をそっと包んでくれた。
この川にはいつも人がいて、けっして私をほんとうの孤独にはしておかなかった。しつこく私に干渉することなく、けれどもひとりにしておかない、息づく人の気配をくれた。これから先、引っ越すことがあっても、この川のことだけは忘れることができないだろう。

何気ない今を残したい

こうして振り返ってみると、思った以上に残しておきたいことはまだまだ多い。何気なく3年間を過ごしたように思ったけれど、きっとそんなことはなかったのだろう。そんなふうに過ぎ行く時間を、書き留めることができてよかった。またの機会に、続きを書きたい。

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*1:自然発生した道は、京都御所の中にもある。