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大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

地面を見るのが好き

「目」を持っていなければ、見ることのできないものがある。

写真を撮り始めてからは、そんな風に思うことが多くなった。たとえ目の前のものごとは同じでも、感じること、考えることは人によって違う。それは分かっていたはずだけれど、写真を撮ることで、その差異がわかりやすく可視化されるのだ。

たとえば私はどこへ行っても地面ばかり撮っている。紅葉だって、木にくっついている状態よりも、力尽きて地面に落ち、誰かに踏みにじられる葉のほうが親近感を覚える。

それは私が地面ばかり見ているからこそ気付く光景で、そこに「親近感」という感情が湧くからこそ写真として残ってくる光景だ。だから写真は面白いと思う。今日は「地面シリーズ」の蔵出しブログを書く。

マンホール

下を見ていて「おっ」となる代表格は、街のマンホールだ。最近ではデザインが施されたマンホールもあって、見ていておもしろい。たとえば大阪へ出たときには、こんなものを見かけた。

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ポップなデザインでなくとも、こういう生活に根ざしたデザインのものもある。実は私は、こういったもののほうが好きだ。

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あとは大学の近くに、「私」と彫られたマンホールもあったはずなのだが……。どこにあったか忘れてしまった。あれは「私設」の意味なのだろうか?

学園祭

「祭りのあと」というのは、なんだか特別な感慨をもたらしてくれる。祝祭空間というハレの場からケの場へと回帰していく瞬間は、いつも特有の寂寥感を引きつれている。

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学園祭の地面には、とかく酒瓶が落ちまくっていた。私は酒を飲まないが、こういう場で騒ぎながら飲む酒はきっとうまいのだろうなと思うことはある。それでも、手を出す気にはならないのだけれど。

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京都精華大

去年、京都精華大吉岡徳仁氏が講演をされたことがあった。この記事でも書いたように、私は吉岡氏のデザインが好きだ。それで見に行った。

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精華大は、さすが芸術系だなあと思わされる場所で、落ちているものまでカラフルだった。

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「地面」というテーマからは少し外れるが、わくわくするような光景がいろいろと見られたので、ついでに載せておく。

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小さい秋

地面ばかり見て歩いているから、秋の訪れも地面で知る。まさに「小さい秋みつけた」の状態である。「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」とは藤原敏行の歌だが、地面を見つめていると、まさにそういう瞬間がある。「地面の上にぞ おどろかれぬる」のだ。

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ちなみに「小さい秋」の歌詞を調べていたら、これまであまり知らなかった二番・三番の歌詞を知ることになった。「お部屋は北向き くもりのガラス うつろな目の色 とかしたミルク」とはなかなか不穏ではないか。

この詞の解釈については、以下のページに詳しいので紹介しておく。

「小さい秋みつけた」解釈

紅葉

そしてやはり、見ていて楽しいのは紅葉の時期の地面だろう。真っ赤に燃えるようなもみじの下に、力尽きた葉がグラデーションのようになって散っている。そんな光景は、うつくしいと思う。

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この写真を撮ったのは、紅葉も終わりごろ、冬がしずかに押し迫るような、そんな時期のことだった。そんなわけだから木の上にも、今にも力尽きそうな葉がはさかまっていたりして感慨深い。

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ところがこういう枯れた葉は、誰も目に止めないようなのである。

地面の落ち葉を蹴飛ばして、観光客は紅葉と自撮りしている。別にそれは人の勝手なのだが、なんとなくしみじみ考えてしまうのは、私が落ちこぼれだからだろうか。

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「のび盛り生意気盛り花盛り 老い盛りとぞ言わせたきもの」(菊池正子)という歌が、じんわりと心にしみる。

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下を見て歩くのは楽しい

ある日、大学の構内を歩いていると、色鮮やかなブルーが目に入った。それはどうやら学生が落としたらしいウノのカードだった。思いがけない光景に、意表を突かれてうれしくなった。

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下を向いていると、こうしたものに気づくことがある。それはおそらく、胸を張って歩いているほうがいいこともあるだろう。けれども下を向いて歩くのも時には悪くない。次にやってくるのは桜の時期だ。ピンク色に染まった地面を探しに、散歩にでも出ようと思う。