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大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

魚を飼っていた

雑記

ずいぶん気分がふさいだので、昨日はもくもくと仕事をした。
そうしていると、昔飼っていた魚のことを思い出した。ベタという魚で、最近ではiPhone6Sのロック画面に使われている。そんな美しい魚だ。

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実家は田舎にあったので、ずっと動物に囲まれて暮らしてきた。
人間以外のいのちをそばに感じるとき、何故だか私は優しくなれる。正しくは「謙虚になれる」と言うべきだろうか。虫も鳥も魚も鹿も、たくさんの生き物が近くにあって、私は単に、その中の一員であるという感じがする。それはとても優しい、あたたかい世界だ。

そういうわけだから一人暮らしをするにあたって、動物と暮らせないのはとても重大な問題に思えた。アパートはペット禁止だと言う。匂いや騒音が問題だそうだ。「ハムスターくらいならいいですけど」と言われ、なるほどそれなら魚を飼おうと思った。魚なら、匂いや騒音で隣人の迷惑になることはなかろうと思えた。それでベタを飼い始めた。

ベタは別名を闘魚といい、タイのメコン川付近に生息している。目の覚めるような体色、フラメンコのドレスを思わせる優雅なひれ。そのくせ気性はどうしようもないほど荒く、オス同士はどちらかが死ぬまで争うというから物騒でいけない。

水溜まりのようなところでも生きていけるそうで、広い水槽は必要なく、「マグカップで飼える」という触れ込みまでされている。さらにはラビリンス器官なるものがあって、水面で口をぱくぱくさせれば酸素が取り込めるという。
一般的に熱帯魚というものは舐めすするようにして可愛がるものだと思っていたが、なんとも手のかからなさそうな生き物だと思った。それでさっそく熱帯魚屋へ出かけた。

遠出して見つけた熱帯魚屋は高架下にあって、正直あまり陽気な場所ではなかった。それでも親切な店主がいろいろ相談に乗ってくれ、ずらりと並んだボトルから好きなベタを選ばせてくれた。

赤いの、青いの、いろいろいたが、私はその中からぴかぴかと金属質に輝いているのを選んだ。胴体が水色、ひれが赤色。水槽やヒーターはすでに用意してあったので、エサやら何やらを一緒に買って、大事に大事に抱えて帰った。包みの中で、時折「ぽちゃん」と跳ねる音がしたのが、まだ耳に残っている。

水槽ははじめ、10cmほどのガラス花瓶を使っていたのだが、すぐに張り切って高いのを買った。この美しい生きものを、もっと美しい場所に移してやりたいと思ったのだ。

30cmのキューブ水槽に、水草もいろいろ植えた。二酸化炭素を添加しカリウムを添加し、ヒーターもポンプもつけ、ちょっとした森のようにデザインした。そこへそっと、水合わせを済ませた魚を入れてみた。魚はひらひらと躍り出て、美しいひれをはためかせながら森を舞った。

美しかった。ぞくぞくした。何不自由ない生活を送らせてやろうと思った。魚一匹に、私は完全に心を奪われてしまった。夜になればそっと遮光布をかけ、魚の睡眠リズムを乱さぬよう努めた。魚の動きが鈍ければ、一体何が問題かと慌てふためき、ただ寝ているだけだとわかると心から安堵した。
このときの私は、さながら美女に入れあげて国を傾かす、愚かな皇帝のようだったかもしれない。

魚は毎日、私の作った箱庭でひらひら舞った。あるときうっかりヒーターの電源を抜いてしまい、それに気づかず、冷たくなった水で魚が弱ってしまったことがあった。あのときは焦った。しかしベタの生命力は強い。1日も経てばまた元気な姿を見せてくれ、私を安心させてくれた。

こんなに美しいにもかかわらず、哺乳類のペットと違って、魚には触れることができない。水面に映る月のようで、そればかりはもどかしかった。魚が空を飛ぶ生きものだったらよかったのにと思ったこともある。私の頭のまわりをひらひら飛んでくれるなら、毎日がなんと美しい日々になるだろうかと考えた。けれどもそれは叶わぬ夢だった。私にできるのは、差し入れたピンセットを魚がつつく感触を、かろうじて楽しむことだけだった。

しかし、魚の寿命は短い。
私が買い受けたとき、すでに魚は1歳ごろになっていた。ベタの平均寿命は2年から3年。まれに5年ほど生きるものもいるというが、修士2年の終わりごろになると、魚は少しずつ弱っていった。泳ぎ方に力がない。水面まで上がってきたかと思えば、ゆっくりと底へ沈んでいってしまう。体力の衰えは明白だった。「その時」が来たのだ。

魚は少しずつ、水面まで上がれなくなってゆく。仕方がないので、底のほうへふやかしたエサを差し入れてやる。魚は一口だけ食べる。そのうちに魚は、まっすぐな姿勢を保つこともできなくなった。横へ倒れたようになって、すぐに沈んでしまうのだ。泣きたくなった。しかしどうにもならなかった。

これが1か月ほど続いて、魚はついに、底で横倒しになった。
もうほとんど動かない。時折思い出したように、ひれの先をひら、と動かした。そして次にはひら、も減って、そして、動かなくなった。突いても突いても、何の反応もしなくなった。魚のいのちはこれで終わった。

べったりと横倒しになった魚を、しかし私は、なかなか葬る覚悟がもてなかった。もしかしたらまた、思い出したように動くのではないか。そんな期待を、捨て去ることができなかった。
しかしそれは夢でしかなかった。魚の体には少しずつ、綿毛のようなかびが生え始めた。いのちのめぐりが終わったものに、自然は容赦なく襲いかかる。それで私はあきらめた。この魚は、もう二度と生き返ることはないのだ。

それから私はペットを飼っていない。動物は相変わらず好きだし、実家にもどればペットの三毛猫を飽きるまで撫で回している。三毛猫は満足げに私で暖をとっている。そんな時間は今でも楽しく、いとおしいものだ。

しかしそれでも、これから先、いかなるペットも私には迎え入れる資格はないように思えた。動かない魚を葬るために、水槽から取り出したあのとき。すでに何の抵抗もせず、ピンセットの先でぐったりとしている魚の体。

あの感触が、どうしても忘れられないのである。あんなにも美しかったのに。あんなにも優雅だったのに。「ペットロス」という言葉では済まされないほど、魚の死は私にこたえた。それを乗り越えるすべは、今のところ思いつかない。
ついに触れられた水面の月は、腐ってくずれた姿をしていた。