読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

雨の日について

雑記

狭い空間が好きだ。たとえば押入れの中、机の下。有り体に言えば安心する。狭い空間は、その隅々までが自分の既知の領域という感じがする。その空間を支配しているのは私であり、私以外の誰もそこに入ることはできない。そういう感じがする。

今ではもう随分昔の話になってしまったけれど、幼稚園くらいの歳のころ、雨が降った日にありったけの傘でドームを作り、その中にじっと座り込んでいたことがある。傘に打ちつける雨粒を聞きながら体を抱えて丸まっていると、妙に安心した気持ちになった。何者からも脅かされない安堵。あとから母には、傘を干すのが大変だと渋い顔をされてしまった。そんなことを覚えている。

大人になった今、子どもの頃のようにどこかへ潜り込むのは難しい。その代わりに、どこにいても「ひとりぼっちスイッチ」を入れられるようになった。よく使うのは雨音のBGM。ぼたぼたと打ちつけるような、そんな雨の音だけを収録したBGMだ。以来、どんなに騒がしいところでも、そのBGMを聞くだけでひとりぼっちのようになって、集中を高めることができる。これはなかなか、「めっけもん」だったと思っている。

https://www.youtube.com/watch?v=xYwmPiFZMF4

雨が降るとき、私は傘をささない。手がふさがって面倒だし、別に濡れたって構わないからだ(かばんにパソコンが入っている場合は別。さすがにパソコンが壊れたら困る)。傘は数ヶ月前になくしたが、未だに買い換えていない。雨は降れば降るほど機嫌がいい。「バケツをひっくり返したような雨」ならなお結構。脳天を直撃し、頬へ滑り落ちる雨粒を楽しんでいると歩くだけで気分がよくなる。たまに雨のかからない軒先を見つけては佇むこともある。隔絶されている感じがとてもよい。何時間でもそうしていられる。ふしぎな魅力があるように思う。

大学の噂で、昔は雨が降ると「雨の日は思索の日だから」ということで授業を休講にしてしまう先生がいたというのがある。本当か嘘かは分からない。少なくとも、自分の指導教官を見ていると、そんなことは今はないだろうという気がする。けれどもそういう先生がいたというのは理解できる。雨の日にひとりでいることほど、楽しいことはないので。