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大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

修士論文アナザー(あるさぼり魔の記憶)

論文を出すと、一瞬の多幸感が訪れたのち、とてつもない虚脱感が襲ってくるものらしい。なんだこれは。まるで麻薬そのものじゃないか。おまけに気合いで押さえ込んでいたらしい風邪まで表面化し始めて、けだるいままに土日を迎えた。この週末は全国的な大寒波に襲われるらしい。雪も降るそうだ。恐る恐る窓を開けたけれど(雪が積もっていたら外に出るつもりだった)、雪なんてまったく積もっていなくて、ただ陰気なだけだった。失望した。

体は休息を求めているのに、脳は活動を求めている。余裕をもって提出するはずが、前日になって内容を大幅に「増補改訂」したためだ。布団に入って目をつむっていても、なんだか頭がぎらぎらして眠れない。しばらくそれと格闘したが、一時間ほど経ったところであきらめて、写真の整理でもすることにした。

改めて眺めると、出すところもないまま「デッドストック」となっている写真がたくさんある。この記事でも書いたとおりInstagramで一発当てようと思っていたのだが、残念ながらその夢は破れた。ストックになっているのは主に、日常の京都、つまり「すっぴん」の京都を写したものだ。「ばっちりメイク」の京都の写真は、仕事で納品してしまうので……。今日はそんなデッドストックを挟みつつ、京都での暮らしのひとこま(お決まりの散歩コース)について書いてみようと思う。これもまた、「修士論文」の一部分かもしれないと思うから。

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京都は小さな町だ。私の大学から繁華街までは、直線距離にして4キロメートル。市内を流れる鴨川の沿いを歩いていけば、あっという間に繁華街まで到着してしまう。改めて考えてみるとこれは良し悪しだった。作業に詰まってきたとき、気軽に散歩に出られるのはありがたいけれど、別に作業に詰まっていなくても気軽にさぼれてしまうのだ。

実際、私はよくさぼった。大学を出て川へ向かうと、そこには鴨川デルタがある。学生たちが騒いでいる。一度ここでアイスを買って、一口もかじらないうちにトンビにさらわれたこともあった。アイスは口に合わなかったと見えて、川の中央へ落っことされた。妙に悔しかった。もう一度買って、今度は駅の中で食べた。おいしかった。二度と鴨川沿いでアイスは食べないことを誓った。

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鴨川沿いでは、老若男女が好きなように過ごしている。ランナーや自転車が道の中央を行き交う。英語で楽しげに会話をしながら、レンタルサイクルをかっ飛ばす観光客たち。ベンチで眠る若者。犬の散歩をするおじいさん。土手に腰掛けて語らうカップル。楽器の演奏をする青年。読書にふける男性。いろいろな人がいる。古代文明は川の沿いに発展したというが、ここでは鴨川の沿いで文化が発展しているような気がする。iPhoneでお気に入りの曲を聴きながら、繁華街を目指す。

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しばらく無心で歩いていると、川の右手に繁華街の入り口が見えてくる。その名を三条通。ここは東海道五十三次の終点で、明治・大正期にはメインストリートとして栄えたらしい。今ではこじゃれたカフェや古着屋など、レトロモダンな雰囲気の店が多い。私もよく、このあたりの喫茶店に出入りした。コンビニで食べ物を買って、川の沿いで食べながら昼寝をしたこともある。遠くで聞こえる誰かの歌の練習が、ねむたい頭には子守唄となって響いた。

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ここで足を休めたあと、さらに南へ「下ル(さがる)」。タテの軸である河原町通には、ロフトやOPA、BALといった大型の施設が並ぶ。OPAの上のほうには巨大なブックオフがあって、よく通う。いつも思うけれど、ブックオフはその地域に住む人々をよく反映しているような気がする。京都は学生街だけあって、入手困難な名著がぽんと売ってあったりするので見逃せない。私は雑誌のバックナンバーや展覧会の目録などもよく探す。買った本を持ってほくほく。四条通へ移動する。

移動先の四条通はメインストリートだ。常にごった返している。しかしそれゆえ、チェーン店の喫茶店が豊富にある。安い値段でコーヒーが飲めるのは学生にとってありがたい。買ったばかりの本を開きながら、しばし何かを考えた気になる。だいたいの場合、大したことは考えていないけれど……。疲れてきたら本をたたむ。店を出る。

(なお四条通といえば、祇園祭のときには気が遠くなるほど混む。見慣れた道を、狩衣姿の人が馬に乗って通るのは、なかなかにシュールな光景で見応えがある。)

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さて、来たときは鴨川沿いを通ってきたので、今度は東大路通でも歩いて帰るかな、というのをよくやる。八坂神社へ吸い込まれる人々を見ながら、北へ左折。歩道が狭くて歩きにくい。京都市は本気で人を呼ぶ気があるのだろうか。だとすればあの歩道は早く何とかしてくれ。「ガイドブックにも載る名店」にできた列をやりすごして、しばらく歩く。知恩院を過ぎたあたりで、人の姿もまばらになる。

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気付けば日も傾きかけていて、運がよければ美しい夕暮れを見ることができる。京都市には景観条例がある。いつだったか京都市の無慈悲な制裁によって、ブックオフの派手な看板が剥ぎ取られたときには、その徹底ぶりに驚いたものだ。悪名高い(?)景観条例ではあるが、無責任なヨソ者である私は、あってよかったんじゃないかなと思う。とくに建物の高さ制限に関して、そう思うことが多い。ビルどころか建物すらろくにない田舎で育ったので、未だに大阪や東京といった都市の「空の狭さ」には慣れることができない。京都市内の美しい夕暮れを見るたびに、「ビルがあったらこの光景も見られないよなあ」と考えてしまうのだ。無責任に。

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美しい夕焼けを楽しみながら歩いて、そのまま帰る。書いてみると、なんともモラトリアムそのものだなあと思う。もっと勤勉な性格をしていたら、論文も楽に書けるのだろうか……それは分からない。少なくとも博士課程では改善するつもりだ。しかし休みの日には、やはりこういった時間を持ちたいものだなあと思う。時間に縛られず、本を漁ってそのまま読む。そんな時間を持てたことは、京都暮らしのうちで最も幸福な記憶だからだ。

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