読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

修士論文を出した

去年の春、長らく伸ばし続けていた髪を切った。背中をとうに通り越し、腰まで届くのではないかと思われるほどの髪。染めも巻きもせず、量も透かずに伸ばし続けた髪。シャンプーに苦労し、ドライヤーに苦労し、やさしくやさしく労わり続けた髪。そんな髪を切った。

伸ばし始めたのは大学3年生の春。私が大学院への進学を意識し始めた年だ。授業やゼミを通して多くの知見に触れ、学問の世界を志し始めたのがその時期だ。春の、夏の、秋の、冬の風に吹かれて髪は少しずつ伸びていった。そうして4年生になった。

卒業論文の執筆の間も、大学院入試の間も、髪は少しずつ長くなりながら私の背中で揺れていた。重くなる髪を支えるために、少しずつ髪留めの種類も変わった。ときには手入れが面倒になることもあったけれど、なんとかこらえて伸ばし続けた。そして大学院生になった。

大学院へ入ったころには、私の髪はすっかり「長髪」の領域に足を踏み入れていた。透かないままで伸ばし続ける黒々とした髪は、美しいというよりはむしろ野暮ったい、鬱陶しいものへと変化していた。それでも切るのは怖かった。部屋の中で裸になると、体温で温められた髪がやさしく背中を守ってくれた。これを手放したらどうなってしまうのだろう?取り戻すには、一体どのくらいの時間がかかるのだろうか。考えるのも怖くて、毎日毎日、決断を先延ばしにし続けた。

修士も2年目になり、夏が訪れた。辛抱たまらず髪を編み、片側へ垂らした。てきめんに肩が凝った。長くなりすぎた私の髪は、どこへ垂らしても肩凝りと頭痛の種になった。片側へ垂らそうものなら、頭がそちらへ傾いてしまう。それでも自分のイメージを変えるのが怖くて、意地でも伸ばし続けた。冬の冷気に晒された髪は、もはや私を守ってはくれなかった。むしろ芯まで冷えて、私の顔を刺してくるのだった。

修士3年目の春がきた。留年がきまり、私の病状はもう隠すべくもないところまで来ていた。しかしそれが逆にありがたかった。もはや元気を取り繕う必要もない。それで髪も切った。楽になりたかった。私を楽しませるどころか、むしろ重荷になった髪とおさらばしたかった。

ことは簡単に進んで、そして私はショートヘアになった。髪が簡単にとけることに、ドライヤーが5分で済むことに、布団に倒れても自分の髪で窒息しないことに、いちいち感動した。頭が軽くなると、すべてが身軽になった。大家のおばあさんは「中学生みたいね」と髪を撫でてくれた。桜の下でひさびさに撮った写真では、自然に笑うことができていた。

そして今日、実に3年間を費やした修士論文を出した。納得のいく出来ではない。それでも出した。直前に、疑心暗鬼にかられてパニックに陥りかけたけれど、周りの人に助けてもらって何とか出した。髪はふたたび伸びはじめている。鏡の前で頭をかきむしる私を見て、「昔の後ろ姿を思い出した」と先輩が笑っていた。