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大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

私は魔法少女になれない

幼い頃はいつか魔法少女になれると思っていた。よくわからないけど妖精的な何かが現れて、何らかの魔法の力を授けてくれて、不思議な世界に行くことができるはず。そう思っていた。

いろいろな空想をするのが好きな子どもだった。布団に入ればここは雪山だと想像した。布団から出たら「凍傷」になってなんかヤバいことになる。だから出てはいけない。そんな感じで。布団はときに魔法の絨毯になった。このまま空を飛んだら風圧とかで掛け布団が飛んでいくんだろうか。そんなことも考えたりした。

幼稚園のころ、お気に入りの遊びは「23世紀ごっこ」だった。なんで23世紀なのかはよくわからない。ともかく「未来」はすごいと思っていた。紙の工作では「パソコン」を作った。牛乳パックを無限に繋ぎ合わせて「タイムマシン」も作った。作り方は簡単、牛乳パックの中に新聞紙を詰め込んで補強し、ブロック状にしたものをただ平面につなぎ合わせていくだけ。少しずつ広がっていく紙パック座布団、否、タイムマシン。うちではそこまで牛乳を多く消費しなかったから、完成は遅れに遅れた。それでも小学校高学年ごろまで、「タイムマシン」は私の部屋の一角を長らく占領していた。

狭いところが好きで、学習机の下によく潜った。体を丸めて縮こまり、イスで入り口をふさぐ。ちょっと暗いが仕方がない。そこで読書にふけった。小学館の『こどもカラー図鑑』が好きで、とくに『うちゅう・きしょう・ちきゅう』の巻をよく読んだ。あとは学研の『母と子の名作絵本』。どれも父親が子供のころに祖母が買ったものだから、情報がちと古い。ソ連は私が生まれた年に崩壊した国だが、絵本にはまだ堂々と「ソビエト」の名が刻まれていた。

ぼんやりとした宇宙への憧れ、科学への興味、そして物語世界への愛着をもって育った。けれどもどこで道を間違えたのか、なんだか生きづらい人間になっていた。人がたやすくこなすことが上手にできない。「勉強」は得意だったが、それ以外はめっきりだめだったし、何なら「勉強」の成績だって進学校では凡庸そのものだった。度重なる挫折と屈辱、鬱屈を苗床にして、精神は幼稚なまま、ひねくれたプライドだけが育っていった。そうしてそのまま25歳になった。もはや私には空想する力すら残っていないらしかった。

幸いにも周囲の人に恵まれ、私は大人の世界に生きることができている。ごく一部の分野では、なんとか社会の構成員になれることもわかってきた。受注できる仕事の種類も増え、そう将来を悲観する必要もないんじゃないかと気楽に考えられるようになった。

それでももう、布団は魔法の絨毯にはならないし、タイムマシンは作れない。紙工作ではない本物のパソコンを持っているけれど、表示するのは現実的なコンテンツだけだ。この図体では机の下にはもう潜れない。それらは永遠に失われてしまった。同級生はすでに家庭を持ち、子供を育てている。私の中に置き去りの「子ども」は、未だ成長の気配を見せないまま、消え失せようとしている。