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大学院生のブログ

人生まるごと今後の課題

太った

太った。事実だ。目をそらすわけにいかないだろう。

修士論文を執筆する間、私はほとんど運動をしなかった。カメラを持って出かけることも、ポケモンGOもしなかった。その上、ストレスから来る過食で、ばりばりばりばりクッキーを食った。もともと太りやすい上に、これだけの条件が整ってしまえば、目指すは肥満。それのみである。

この間実家に帰ったとき、親の第一声は「アンタ太ったね!?」だった。言わずともわかる。去年に着ていた服たちが、悲しいまでに現実を突きつけてきているのだ。腕もパンパン、尻もパンパン、風船になって空に浮かぶのか?と言わんばかりの勢いだ。顔に至っては、満月もかくやというレベルの真ん丸である。これは非常にまずすぎる。

鏡を前に矯めつ眇めつ、後悔を続ける生活は無意味。そう悟ったので、とりあえずは歩くことから始めた。傷んでしまった靴を捨て、アシックスのウォーキングシューズを新たに購入。中敷もちゃんとスポーツタイプを選んで買った。もともと歩くのは好きである。気が向けば10km、余裕で歩く。これを一週間続けていると、むくんでいた分が流れたのか、とりあえず少しはましになってきた。良し。

次は筋肉を補っていく。もとから体幹の筋肉が、平均の6割くらいしかない(少し前にジムで測った)。腕に至っては、一生で一度も腕立て伏せに成功したことがない。ここいらで一発、筋肉をつけようと思い立ち、みんな大好きYoutubeで動画を探す。この間から続けている、ヨガの動画に筋トレバージョンを発見した。これならできそう。

youtu.be

この動画のよいところは、「この姿勢が難しい人は」と代案を用意してくれるところだ。やる気はあっても筋肉はないから、はじめから普通の人と同じ動きをするのはきつい。それで一度も成功しなくて、いやになって放り出すよりは、簡単なポーズで筋肉をつけながら、根気よく続けるほうがよいに決まっている。

実際、これらの動画にしたがってトレーニングをしてみると、本当に次の日、筋肉痛が襲ってきた。これは確実に効いている。この調子で、ダイエット、かつ、基礎体力を取り戻していきたい。

修羅場をくぐった

無予告でブログを休止してしまった。「一発当てる」を目標に掲げる!と堂々と宣言したからには、仕事と遜色ないくらい、いやむしろ仕事よりも真剣に続けねばならないと思っているのだけれど、ちょっと予想以上にたいへんな修羅場に巻き込まれてしまい、「呼吸」と「原稿」以外の行動がとれなくなってしまった。今後はこのようなことのないように(なるべく)気をつけます。

さて、そんな修羅場をなんとかくぐり抜けたので、せっかくだから修羅場が心境に及ぼす変化などを書いてみることにする。結論から言うと「無理なスケジュールの仕事は受けるな」に尽きるわけだが、多忙は悪ということを再認識するためにも、整理してみようと思う。

キューブラー・ロスの「死の受容」

修羅場中の心境の変化は、まさにロスの「死の受容」に近いものがあった。
「死の受容」とは、自分に死の危機が迫った場合の、心境の変化のモデルみたいなもの(だよね?)。いろいろ批判はあるようだが、ともかく「死の受容」の際には、このように心理が移り変わっていくとされる。

  • 第1段階;否認と孤立
    死の事実に衝撃を受け、頭では理解できるものの、心が否定している状況。

  • 第2段階;怒り
    「どうして自分が」と怒る状況。

  • 第3段階;取引
    神に祈ることなどにより、死を遠ざけようとする状況。「〜するから許して」

  • 第4段階;抑うつ
    絶望に打ちひしがれる状況。

  • 第5段階;受容
    死を完全に受容し、心に平穏が訪れる状況。

これを燃え盛る原稿に当てはめると、こんな感じになるだろう。

  • 第1段階;否認と孤立
    どう考えても締め切りに間に合わないという事実に衝撃を受け、今すぐ取り掛からなければならないことはわかっていても、どうしてもやりたくないと考えてしまう状況。

  • 第2段階;怒り
    資料の不足や、実現不可能な案件、うまくいかない伝言ゲーム、そしてこの仕事を引き受けた自分自身に対しての怒りが収まらない状況。「そもそもなんでライターなんか始めたんだ」などと言い出す。

  • 第3段階;取引
    「この仕事を手放していいなら、別の案件をいくらでも頑張るから」などと考え始める状況。

  • 第4段階;抑うつ
    どう考えても終わらない、間に合わない、などと考え、絶望に打ちひしがれる状況。「着信拒否して、メールも遮断して沖縄にでも高飛びしようかな」「今インフルエンザになれば休めるかもしれない」「死ねば楽になるかも」などと考え始める。

  • 第5段階;受容
    「仮にダメでも、謝ればいいや」「できることを着実にやろう」と考える状況。ここまでの段階で、怒り悲しみながらも手を動かし続けているので、だいたい半分以上は終わっている。そしてその事実こそが、受容を手助けしてくれるのかもしれない。

修羅場をくぐって、私がとにかく驚いたことは、(言い方は悪いが)たかだかひとつの案件が終わらないだけの話なのに、恐ろしいほどに気持ちが塞ぐし、なんなら死のうかなくらいに思ってしまうことだ。

過労死自殺をする人などに対して「じゃあ辞めろよ」と言う人がいるけれど、渦中の人間は、目の前の仕事以外のことが考えられない。自分の視野が恐ろしい勢いで狭窄していくさまを見て、これは大変なことだと改めて感じた。

気分転換ができない

視野狭窄ともつながることだが、追い込まれてくると、風呂にも入りたくないし、食事も取りたくないし、ましてやおやつも食べたくない。ゲームもしたくない。

ともかく、仕事以外の要素で頭を使うのが苦痛になるのである。できれば天井を見つめてぼーっとしていたい。それ以外の行動をとることが、難しくなってくる。

仕方がないから、寝るときにはきつめのヨガをやって、強制的に頭を切り替えていたけれど、好きなアニメも見たくない、たった5分のパズルゲームもしたくないという状況になるのは意外だった。やはり過密スケジュールは悪だ。

疲れは一気にやってくる

それでもなんとか原稿を終わらせ、メールで送って、風呂に入る。暖かいお湯に癒されて、風呂から上がって、部屋に戻ってからのこと。

驚くほどに疲れが来た。なんというか、もう、一歩も動きたくない。全身がだるく、ぼんやりしていて、思い出したかのように腹のあたりも痛み出した。眠気も来た。

修羅場に対応していると、疲れが謎の力で抑えられているというのはどうやら本当だったらしい。そして解放された瞬間、一気に押し寄せるという噂も……。
そりゃあ心臓発作も起こるよな、と実感が湧いた。やはり過密スケジュールは悪だ。

まとめ

仕事が大変になると、心の余裕が根こそぎ奪われて、どんどんカサカサになっていく。感受性もゼロになるし、なんとか命をつないでいるだけのゾンビみたいになってしまう。

おまけに体の疲れに関しては、謎の力で抑えられるらしく、すぐには出てこない。だからついつい、あと少し、あと少しだけでも進めておこう、と頑張ってしまいがちである。

だからまだ理性がきくうちに、こういう仕事は断ってもいいことにしようとか、どんなに忙しくてもこの時間は寝るぞとか、この日は休むぞといったことをルール化しておかなければならない。そういったことを学べた点で、今回の修羅場は無駄ではなかった。というか、そう思わないとやっていられないので、そう思うことにした。寝る。

どうしてもやる気が出ない日に社会と折り合いをつける方法

どうしても大学に行きたくないとき、アルバイト先に行きたくないとき。

私は定型のスケジュールが苦手である。「自由でいい」と言われたら、案外きまった行動パターンで動くくせに、「毎週、何時にここへ来なさい」と言われると、途端にダメになってしまう。

そんなわけだから学部時代は、出席点なし、レポート点のみの単位ばかりを取っていた。しかし大学の授業と違って、アルバイトはなかなかさぼるわけにいかない。会社勤めともあればもちろんだろう。そうは行っても行きたくない。行きたくない気持ちで胃のあたりがちぎれそうになる……。ともかく、「決まっていること」は苦痛であり、とても気持ちが塞ぐのである。

今日はそんな私が、なんとか社会と折り合いをつけるために編み出した、「行きたくなくてもなんとか行く」対策をまとめてみることにする。

準備は前日のうちに完璧にする

朝起きてから、カバンにものを詰めていくようではいけない。準備している間に「行きたくなさ」が高まって、ギリギリまで家にいて、バス停まで走る結果になる。おまけにそういうことをしていると、忘れ物もしてしまう。準備は前日に済ませておくのが大前提だ。

と、ここまでは一般論だが、私がとくにオススメするのは、「次の日の服をまとめて枕元に置いておく」ことである。仕事の準備だけではなく、身じたくの時間も最小限にとどめることで、家を出るまでの葛藤の時間を削減するのだ。

そのために、前日には上着のみならず下着・靴下のたぐいまで、まとめて枕元に置いておく。目が覚めたあとは、頭が3%くらいしか起きていなくとも、ともかくパジャマを脱いで着替える。朝食を家でとる人は、そこまで用意しておいてもいいだろう。その際には、さすがに食品を常温放置は怖いので、ひとまとめにして冷蔵庫に入れておくことが必要になる。

「寄り道」メソッドで行きたくなさを軽減

三店方式」ではないが、家から直接、目的地に行くのではなく、間にカフェなどを挟んでしまう手。

前日に準備をしてあれば、当日はスッと着替えまで進めるはず。そうすれば意外と、家を簡単に出ることができる。
そうはいっても行きたくない目的地に行くわけだから、どうしても「このまま帰りたい」「海とかに行きたい……」という気持ちが湧いてくる。ここを踏ん張って、目的地に直接たどり着くのはかなり気が重い。

このストレスを軽減するには、間に一度、カフェなどを経由するのが有効。目的地付近にドトールなどのカフェがあれば完璧に使える。カフェ → 目的地 の距離は、短ければ短いほどよい。

私の場合、家で朝食をとるのではなく、カフェのモーニングを朝食としている。ごはんをもぐもぐやっていると、だんだん目が覚めてくるし、不思議と行きたくなさも軽減されている。ただしこれを使うためには、かなり早起きをする必要があるので、前日は早めに寝るようにしよう。

「準備のグレード」を決めておく

さて、上記の方法は「朝起きて、すぐに外に出る用事」を念頭に置いて書いたものだ。しかしときには、夕方とか、夜からの用事に「行きたくない」と感じることもあるだろう。

その際、とくに気が重いのは身支度のはずだ。具体的に言うならば、「化粧」に対するやる気の出なさは尋常ではない。化粧というものは、テンションの高いときこそノリノリで施すこともできるが、そのほかの場合は地獄である。何が悲しくて有害な物体を塗りたくらねばならんのか。

そうはいっても「化粧はマナー!」などという世の中だから、どうしてもしなければならなくなる。
私は当日の「やる気のグレード」に応じて、化粧品のセットを決めている。こんな感じ。

Aランク(やる気があるとき)
コンシーラー、ベース、ファンデーション(リキッド)、ファンデーション(パウダー)、フェイスシャドウ、アイライナー(ピンク)、アイシャドウ、チーク、ハイライト、アイブロウ、フィニッシングパウダー、リップマキシマイザー、口紅

Bランク(標準的、やぶさかでないとき)
コンシーラー、ベース、ファンデーション(リキッド)、アイシャドウ、チーク、アイブロウ、口紅

Cランク(やる気がないとき)
BBクリーム、アイブロウ

Cランクに至っては、最悪、肌に何か塗ってあって、眉毛があればいいでしょという感じ。大切なのは「あらかじめセットにしておく」ことで、当日になって「チークは……いや面倒……でも……」とひとつひとつ考えるのは疲れてしまう。だからあらかじめ、グレードに合わせてセットにしておくとよい。

これは何も化粧だけでなく、すべての行動に言うことができる。服の選択しかり(着てればいいレベルから、おしゃれレベルまで)、家事の精密さしかり。だいたい3段階に分けておくことが大事となるだろう。私はこういったテクニックを駆使して、今日もなんとか社会と折り合いをつけている。

イライラを抑えるためにとった方法

謎の神経の高ぶりに悩まされている。なんだか頭がぎらぎらぎらぎらしていて、ちょっとのことでもイライラしてしまうのだ。

たとえばワープロソフトを立ち上げたとき、不意に現れる「新しい機能が登場しました!」の通知。たとえばカフェのテーブルの脚が、なんだかガタガタしていること。一つ一つの出来事で見れば、実に些細なことだろう。しかし神経が高ぶっていると、それらいちいちにイライラしてしまう。怒鳴ったり暴れたり、そんなことをしたくなるのだ。

そうはいっても、いい年の大人なのだから、怒鳴るのも暴れるのも当然のごとくNGである。だから抑え込むことになるわけだが、怒りの抑制というものは、かなりのエネルギーを要する行為だ。ネットで「イライラ 抑制 方法」などを検索してみても、「たまには自分へのご褒美として、美味しい食事を取るのもいいでしょう♪(PR)」みたいな記事しか出てこない。笑わせるな。こちとら、山火事レベルに神経が燃え上がっているのだ。山火事にアロマディフューザーで戦いを挑むつもりか?

とまあ、こんなことを思いつつ、最近はイライラと格闘している。今日はいろいろと試した中から、実際に効いた方法をメモしておくことにする。

自分を「他者」とみなし、状況を整理する

なんだか突然小難しいことを書いてしまったけれど、要は「自分を客観視する」ということ。

イライラなり落ち込みなり、マイナスの感情に吞まれていると、極端に視野が狭くなる。「そもそも、どうしてイライラしているんだっけ?」という原因には思いが至らず、「ムカつくあいつを殴る」とか、「部屋のものを全部捨ててやる」とか、すぐに極論に走りがちだ。

しかし、イライラでも落ち込みでも、その状況に陥ったからには、必ず原因があるはずだ。それは過密なスケジュールかもしれない。それは嫌いな人間かもしれない。もしかしたら、慢性的な不安があるのかもしれない。
ともかくこの「原因」のほうに頭を持っていくことが大切である。原因を特定してしまえば、意外と冷静に「じゃあxxすればいいじゃん」と次のステップに行くことができる。

たとえば夜道を歩いているとき、なんかフワフワした影とかが見えると「幽霊か!?コワイ!」となるわけだが、それがひとたび、引っかかった洗濯物だとわかってしまうと、「早く取り込まないと濡れるで〜」とか考えられる。実態のわからないものは、気分を不安定にさせるのだ。だから、「原因」のほうに頭を持って行くことが重要になるのである。

そして、状況を整理する際にキーとなるのが、「自分を『他者』にしてしまう」こと。
自分のことだと考えるから、個人的な感情に飲み込まれる。

たとえば、自分を「親しい友人」と置き換えて考えるのもいいだろう。たとえば私は今月、仕事を4つ抱えていて、それに加えて東京への出張、そしてもちろん研究活動などもあった状況だ。こういった状況の「親しい友人」がいたとして、「最近なんかイライラしちゃって」と相談されたら、自分ならどう言うか?

私ならきっと、「忙しいからじゃない?」「気づいてないだけで体は疲れているんだよ」などと声をかけるだろう。さらに、「それはいつまでに終わるの?」「断ることはできないの?」などと質問をするかもしれない。こんな感じで、自分と「対話」することによって、状況を整理し、原因を洗い出し、解決策を探ることができるのだ。そして自然と、気持ちを落ち着けることができるのである。

あとは仕事や作業がある場合、総量と進捗を数値にするのも大切である。漠然と「あの仕事」と捉えるのではなく、「○日までに○文字くらい書く仕事」と総量を把握することで、今の進捗が何パーセントなのかわかり、「あれ、意外と進んでるな」と思ったり、「この進捗なら今日は寝てても大丈夫」などと調整ができたりする。追い込まれてくると、とにかく速く!終わらせたい!とばかり考えてしまうので、意識して管理するようにしたい。

物に当たるのはNG……だけど布団くらいはいいと思う

状況を整理したところで、解決しない場合もあるだろう。というか、「整理してわかったけど、やっぱり今月のスケジュールは詰んでるわ」という結論が出る可能性もある。そういった場合、うまくストレスを解消するにはどうするか?

冒頭の部分で、私は「怒鳴ったり暴れたりはもちろんNG」とは書いた。しかしこれは、あくまでも「人前なら」という話だ。自分の部屋で、人に迷惑をかけない程度なら、少しくらいはいいのではないかと思う。

とはいっても、奇声は近所迷惑になるかもしれないし、ものを壊すのはしのびない。そんなとき、私がやるのは「布団を殴る」という方法である。

布団をいい感じに積み上げ、「あああああ」とか言いながら思い切りパンチする。布団は壊れないので(へたるかもしれないけど)、遠慮なくパンチすることができる。そして大概、3発くらい殴ったら、なんだか疲れて満足してしまう。

会社に行きたくないときに、布団に潜って「プリキュアになりたい!!」と叫びまくるライフハックを見たことがあるが、「叫ぶ」程度では満足できないため、仕方なくこういう方法を取っている。

まあ、あまりいい方法ではないのだろうなという感じがする。私はまだ自制が効いているけど、下手すると対人的な暴力に発展する可能性もあり、安易にすすめることはできない。本当は筋トレとかランニングとか、健全な方法でパワーを発散するほうがいいのだろう。改善の余地は充分にあるが、暫定的に書いておいた。

気が乗らなくても長風呂

神経が高ぶっているときというのは、入浴なんて「かったるい」し、シャワーで済ませてしまうこともあるだろう。しかしそういうモードのときこそ、意識して体を温めたり、休めたりしなければならない。

神経の高ぶりはマリオで言うところの「無敵状態」で(マリオやったことないけど)、猪突猛進にいろいろなことが成し遂げられる。ところが肉体は普通に疲れるし、なんだったら病気になる。だから「意地でも」「意識して」休養をとることが必要になってくるのだ。

自分の尻とかを触ってみるとわかるけど、作業に没頭していると、思った以上に体というのは冷えている。そして凝っている。だから湯たんぽでもあずきでも使って、こまめに温めるのがいいのである。これは夏場だって同じ。というか、夏場の方がクーラーやら何やらで冷えやすいので、夏場こそ大事。

まとめ

今回メモした方法は、あくまでも「原因をすぐに取り除くことができず」「応急処置的にイライラを抑える」方法である。
しかし、言うまでもなくベストなのは「イライラする原因を作らない」こと、そして「原因を解決する」ことなのである。

たとえば仕事の問題なら、スケジュールの組み方を変えてみる。人間関係の問題なら、なんなら直接話し合いをして腹の中を聞いてみるといった、「解決」へのプロセスをとることで、再発防止をしなければならない。

私の場合、今月の過密スケジュールが多分に原因であろうと思われるため、次からは作業時間をセーブするとか、あらかじめ「完全な休暇日」を設定して、日程を動かさないといった対策が考えられる。持っている仕事は3月末で終わりなので、4月からはそのようにしていきたいと思う。

吉田寮のおかげで英語が話せるようになった

修論提出のちょっと前、あまりにも鬱屈していたので、留学生との交流事業に顔を出した。折り紙のワークショップで、留学生たちと一緒にいろいろ折るアクティビティ。私は折り紙が趣味なので、この記事で紹介したような作品を持っていったら、たいへん喜んでもらうことができた。

zarameyuki.hatenablog.com

折り紙はいい。紙さえあればどこでもできるし、わざわざ綺麗な紙を買わずとも、コピー用紙やチラシを利用して折ることもできる。一方で紙にこだわれば、インテリアにもできるレベルのものが作れる。

そんなわけで、留学生たちとへろへろな英語で交流しつつ、一緒に折り紙を楽しんだのだが、そこで知り合ったコロンビア人の留学生から、突然メールがやってきた。聞くと、アメリカからやってくる8歳の女の子に、折り紙を教えてほしいという。

その子のファミリーは世界を回っているらしく(すごい)、それぞれの国の滞在中は、現地の人間から伝統文化を教わって回っているそうだ。それで日本では折り紙をやろうと考えたらしいのだが、すでにその子は母国の「折り紙クラブ」でいくつかの折り方を身につけており、観光客向けのビギナーメニューが物足りない。それで、難しいメニューを教えて欲しいとのことだった。

そういった経緯があって、いまはその子のファミリーと打ち合わせをしている。英文メールを打つのはなかなか骨が折れる。日本語なら、たかだか5分で打ち終えるような内容なのに、英文となると30分もかかってしまう。己の英語力のなさに驚くが、それでもなんとか意思疎通がはかれるようになったのは、思い返すと吉田寮でのパーティがきっかけだったように思う。

それはある日、私がアパートに帰ろうとしていたときのこと。コンビニに寄ると、研究室の先輩がいた。先輩はこれからパーティに行くのだと言う。「よかったらどう?」と言われ、「行きます」と適当に返事をしたところ、それは吉田寮のパーティであった。

寮の一室へのこのこ向かうと、部屋は謎の空間である。謎の置物、謎のお札、謎の人物、謎の言語。すべてが謎の空間の中に、すでに8人ほどのメンバーがいる。どうやら持ち寄りパーティーらしいが、何の料理なのかよくわからない。メンバーの国籍も不明である。

私は緊張と、英語への引け目で小さくなっていたのだが、参加者の一人(中国人らしい)は容赦無く質問を投げかけてくる。とてもおだやかな微笑みを浮かべ、「君は天皇制についてどう思ってるの?」

黙っているわけにもいかないので、へろへろの単語でなんとか意思を伝えようとする私。気づけばへろへろながらも、なんとか会話が成立していることに気づく。そこにいたのが全員、アジア系だったというのもあるかもしれない。ともかくそのとき、私は「意外と通じる」ことに気づいのである。

それからというもの、私は拙いながらもなんとか英語を話すようになった。京都は英語を話す機会にあふれているので、上達も早い。
そのおかげでこんな風に、世界を回っているファミリーと話すこともできるのだから、吉田寮さまさまだなと思う。来たる折り紙交流の日までに、便利な表現を覚えておかなければならない。